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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)12号 判決 1956年4月28日

原告 オリンピツク製菓株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十七年抗告審判第一六七号事件につき昭和三十年一月十八日にした審決を取消す、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は自己の商号なる「オリンピツク製菓株式会社」の文字を一連に縦書して成る商標について第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品として昭和二十六年四月十三日に登録出願をしたところ拒絶査定を受けたので、昭和二十七年二月二十九日抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十七年抗告審判第一六七号事件として審理された上、昭和三十年一月十八日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、右審決書謄本は同月三十日に原告に送達された。

審決は既登録商標なる普通の活字体で「オリンピツク」の片仮名を縦書して成る第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品とした登録第一二八六八一号商標を引用し、本願商標は引用商標と外観を異にするがその称呼上から見れば前者は「オリンピツク製菓株式会社」の文字を略同一書体で一連不可分のように結合しているものであつても、それは原告会社名に相当し、且原告会社名は一般に「オリンピツク」と略称されているから、このような事情を勘案すれば本願商標も単に「オリンピツク」とも称呼されるものとするが取引の実際に照らし相当であり、従つて本願商標は引用商標と、「オリンピツク」の称呼を同一にし、称呼上互に類似のものであり又観念上から見たときも両者は称呼を同一にする点があるからその観念においても彼此相紛れる恐れがあり、且両商標の指定商品も同一であるから本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当しその登録は拒否せらるべきものであるとしている。

(二)  然しながら審決は次の通り不当のものであつて取消さるべきものである。即ち

(イ)  本願商標は取引者及び需要者間に広く知られている原告の商号なる「オリンピツク製菓株式会社」の文字を同一書体で且同一太さで一連に縦書して構成されているから、両商標はその構成上一見して外観を異にしており、又本願商標はそれが原告の商号であることと相俟つて取引の実際に照らし「オリンピツクセイカカブシキカイシヤ」と称呼されるに反し、引用商標は単に「オリンピツク」と一連に称呼され、聴者の両者から受ける印象は全く異るから彼此相紛れる恐れがなく、従つて両者は称呼上類似していない。又引用商標の観念は「国際競技」それ自体であるに反し、本願商標の観念は商取引上原告の商号それ自体であるから、両商標はその観念上も彼此相紛れる恐れがなく、仮令原告の商号が「オリンピツク」と略称されていることがあるとしても之が為に本願商標が直ちに「オリンピツク」と称呼される引用商標と称呼及び観念上類似であるとすべきではない。

このことは例えば丸金醤油株式会社の略称が「丸金」として取引者及び需要者間に広く認識されているに拘らず、「丸金」の文字商標の外に「丸金醤油株式会社」なる文字商標が登録されている事実によつても明らかである。

(ロ)  仮に原告の商号が単に「オリンピツク」と略称されているとしても、引用登録商標権は原告と訴外森永製菓株式会社との共有に属し、原告はその権利者の一人に外ならないのであるから、両商標につき競争の起る余地は絶対になく、従つて不正競争の防止を目的とした商標登録制度の本旨に照らし本願商標は商標法第二条第一項第九号には該当しないものと言うべきである。

(ハ)  前記の通り原告は引用登録商標権の共有者の一人であつてその共有の登録は完了しており、共有者の他の一人なる森永製菓株式会社が全然之を使用していないのに、原告は昭和三年五月一日以来引続いて之を菓子及びパン類に盛に使用し、現在東京都中央区銀座二丁目一番地の目抜の場所で営業している。之等の事情によつても、原告の商号なる本願商標も引用商標と共に需要者及び取引者間に広く認識され且親しまれていると言うべきであるから、両者は商取引上彼此相紛れることがないから相類似していない。

(ニ)  本願商標は原告の商号なる「オリンピツク製菓株式会社」の文字を同一書体で且同一太さで一連に縦書して構成されたものであるから、その構成上右文字間に軽重の差がなく、従つて之等の文字は不可分の一体をなすものと観察すべきであり、尚又商取引上商号はそれ自体を視覚に訴えて取扱うのが普通であるところ、審決が原告の商号をその侭用いて成る本願商標から単にその一部分の「オリンピツク」の文字を摘出して之を以て引用商標との類否判定の標準としたのは誤つている。

(ホ)  審決が原告の商号が一般に「オリンピツク」と略称されているとしたのはレストラントの「オリンピツク」と混同したものであつて、原告の商号なる本願商標は、「森永製菓株式会社」が「森永製菓」と、又「森永乳業株式会社」が「森永乳業」と略称されると同様に「オリンピツク製菓」と略称されることはあり得るかも知れないけれども、単に「オリンピツク」と称呼し又は観念されることはなく、審決が本願商標の略称が「オリンピツク」であるとしたのは誤つている。

(ヘ)  審決に於て本願商標が原告の商号であつて「オリンピツク」と略称されていることが顕著な事実であるとしているのは、実質上本件商標登録出願を拒絶するにつき原拒絶査定に存しない新たな理由を示したものであるのに、審決が原告に対しその点につき意見書提出の機会を与えなかつたのは違法である。

(三)  よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。

原告の商号「オリンピツク製菓株式会社」が一般世人の間で「オリンピツク」と略称されていることは顕著な事実であるから、右商号を商標とした本願商標も単に「オリンピツク」と称呼されることのあることは取引の実際及び社会通念に照らし当然であり、従つて本願商標が引用商標「オリンピツク」とその称呼が同一であることが明白であり、又称呼が同一である以上両商標はその観念上も彼此誤認混淆を来す恐れのあることは当然の事理である。従つて本願商標が「オリンピツク」と略称されることがないとして両商標が類似していないとする原告の主張は失当である。

登録商標権が共有されている場合にも共有者の全員をして同一条件の下に同一内容の保護を受けさせなければならないことは当然であり、且商標登録出願者が之と類似の既存登録商標権の共有者の一人であるが故に原告主張のように両商標につき不正競争が絶対に生じないとすることはできない。

その他原告が審決の取消さるべき理由として主張するところはすべて理由がなく、本訴請求は失当である。

と述べた。(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

よつて本願商標が原告主張のように商標法第二条第一項第九号の場合に該当するものであるか否かにつき審案するに、本願商標の正式の称呼が「オリンピツクセイカカブシキカイシヤ」であることは勿論であるが、右商標の音数は商標として相当多いものと解すべく、而も右商標を構成する文字が全体として一体不可分の関係にあつて、之を部分に分離して称呼観念するを困難ならしめるような特別の事情のあることを認めるべき証拠は存しないところ、右のような商標は簡易敏速を尊ぶ取引界に於ては之を簡略してその或る部分殊にその中の特徴のある部分換言すれば自他商品甄別の標識としての機能を果すに重要な役割を演ずる部分だけを以て称呼するのが通例であることは当裁判所に顕著なところであり、而して一般世人が本願商標を称呼又は観念するに当り、その中の株式会社の商号に常に存する「株式会社」の文字、更に普通株式会社組織を以て製菓業を営むことを示す「製菓株式会社」の文字よりも、このような通有性を持たない「オリンピツク」の文字の方により強く注意を惹かれるのが自然であつて、即ちこの「オリンピツク」の文字が本願商標の商標としての前記機能を果すに重要な役割を演ずべきものと解せられるから、本願商標は一般取引界に於て必然「オリンピツク」と簡略して称呼されるものと認めざるを得ないのであつて、証人高野芳男の証言、その他本件にあらわれたすべての証拠によつても右認定を動かすに足りない。然らば本願商標の右称呼は引用商標の称呼「オリンピツク」と同一であるから、両商標は相類似しているものと言うべく、而も両者は共に第四十三類菓子及び麺麭類を指定商品とするものであるから、本件商標登録出願前から引用商標の登録が存した(この事実は当事者間に争のないところである)以上、本件商標登録出願は商標法第二条第一項第九号所定の場合に該当しその登録は許されないものと言わなければならない。

原告は本件商標登録出願人たる原告が引用登録商標権の共有者の一人であるから両商標につき競争の起る余地がなく、従つて不正競争の防止を目的とした商標登録制度の本旨に照らすときは本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当しないものと言うべきである旨抗争するけれども、同一人に帰属する数個の商標についても、例えばその中のあるものが譲渡等によりその帰属者を異にするに至ることもあり得べく、そのような場合に右商標の内帰属者を異にするに至つた商標とそうでない商標とが相類似しているようなときは両者間に競争のひき起されることもあり得ることは明らかであるから、本願商標と引用商標との間に競争が起り得ないと言うことを前提とする右主張は失当であつて到底之を認容することができない。

尚原告の請求原因(二)の(ヘ)の主張につき、成立に争のない甲第六号証によれば特許庁は本願の抗告審判に於て昭和二十九年十一月五日抗告審判請求人たる原告に対し本願商標が引用商標と類似し指定商品に於ても抵触するから商標法第二条第一項第九号に該当する旨の拒絶理由を示し意見書の差出を求めた事実が認められるところ、原告主張の本願商標が原告の商号であつて「オリンピツク」と略称されているとの審決の説明は畢竟前記昭和二十九年十一月五日に原告に示された拒絶理由を更に詳細に説明したものに過ぎずして、別段新たな理由を示したものとは到底認めることができないから、審決が新たな拒絶理由につき原告に意見書提出の機会を与えなかつたとの原告の右主張も之を認容することができない。

その他原告は以上当裁判所の説くところと異る見解に立つて本願商標が引用商標と非類似であると主張しているけれども、右は当裁判所が叙上説示したところに照らしすべて理由がないから之を認容することができない。

然らば審決が本件商標登録出願を排斥したのは相当であつて、その取消を求める原告の請求は失当であるから民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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